2011年11月
日本の子供たちには日本語の音から音楽をはじめたい。
という想いから,ある幼稚園の園児を中心にスタートしました。
母語の言葉の音楽教育が公教育として一般ではない,という 歴史を日本の教育は100年以上も背負ってきました。
「どんな子どもも,当たり前に日本の音楽が学ぶためには」
と 今,音楽教育の研究現場においても多くの意見が飛び交い,教育研究が進んでいます。
そんな中「犬山こども長唄クラブ」は活動を始めて10年目を迎えようとしています。
これまでに多くの犬山市民の皆様に支えられてきました。
また何よりも「長唄クラブ」という不可思議(?)な団体に,大事なお子さんの成長期に通わせてくださったご父兄方に厚く御礼申し上げます。
この9年間,延べ35人のクラブのこどもたちや父兄方に育てて頂き,ここまで成長することができたことは紛れもありません。この場を借りて改めて感謝いたしたく存じます。
本クラブは,指導や演奏会での助演など長唄演奏家の皆さんのご支援なくして成り立つ団体ではありません。
またそれに加え,表舞台ではわかり辛いですが,音楽教育学の先生からも多くの支援とご協力をいただいて参りました。
今回10周年に際し,これまで本クラブを支えてきてくださった方々,また関心を寄せて頂いた方々から応援メッセージを賜りましたので,紹介しさらに本クラブの方向性を考えていきたいと思います。
・寺田己保子氏 埼玉学園大学人間学部准教授,「日本音楽の教育と研究をつなぐ会」理事
・福原寛氏 歌舞伎囃子方笛方 http://fuefuki-kan.mods.jp/
・嶋田由美氏 学習院大学文学部教授,「日本音楽教育学会」常任理事
・市橋雄二氏 「音と映像による世界民族音楽大系」(ビクター)プロデューサー
日本の伝統音楽の「長唄」を体感すると,こどもはどうなるのでしょうか・・・
私たちのわずか10年足らずの活動からは 残念ながらはっきりした成果を出せるわけではありません。日本のどの教育家も研究を残していません。
でも私たちの経験から,少しずつ分かってきたことがあります。
日本語を話すこどものこと。
長唄のこと。
長唄をこどもが体験するということ。
ここではそういった気づきを言葉にしていきたいと思っています。
2020.11 犬山こども長唄クラブ 代表 山田佳穂
○寺田己保子氏からの応援メッセージ
日本音楽の教育と研究をつなぐ会https://tsunagu-japanesemusic.blogspot.com/の理事を担当されている寺田先生には,本クラブの指導観察における共同研究においても多大なご指導をいただきました。この研究から得た学びが本クラブの運営,指導方針に関わり,また10年の継続に繋がったと感じております。実際に犬山で催されたクラブの演奏会にも何回かお越し頂き,子供達の成長を見守り,ご意見も賜って参りました。
この度、犬山こども長唄クラブが10周年を迎えられたこと、心よりお祝い申し上げます。 数年前、発表会で5歳から小学校低学年の子どもたちが当たり前のように長唄を歌い、締太鼓を打つ姿に目を見張りました。 大学の授業で学生にこのビデオを見せたところ、皆とても驚き、大きな刺激となって日本の伝統的な音楽への関心を深めることにつながりました。
今、学校教育では、「我が国の伝統や文化を理解する」ことにもつながるものとして、「我が国の伝統的な歌唱や和楽器の指導」が求められています。 私たちの生活様式も変わり、日本的なものに触れることが少なくなっている現状があります。能や歌舞伎など日本の伝統芸能は、その専門の方たちの中で受け継がれ、私たちには遠い世界のもののように感じられるかもしれませんし、お箏など和もののお稽古事は先生と弟子の一対一で行われることが多く、子どもたちにとって身近なものとしてはとらえにくいものといえるでしょう。 そのような我が国の伝統的な歌唱や和楽器の指導を学校教育でどんなふうに? 学習指導要領に明示されてから全国の小・中学校で様々な取り組みが見られるようになってきましたが、まだまだ十分ではありません。
しかしこのクラブの子どもたちはそんなことを軽々と越えて、長唄や三味線など日本の伝統的な音楽を楽しんでいます。先生の歌や声をよく聞いて、とにかく真似すること。それがすべてなのです。 ことばの調子のよさに笑ったり時にはふざけたりしながらも、子どもたちは伝統的な音楽を丸ごと受けとめて楽しんでいるようです。 このような子どもたちがこれからの日本の文化を支える力強い担い手となっていくことを確信し、犬山こども長唄クラブの今後一層の発展を願わずにはいられません。
埼玉学園大学准教授 寺田己保子
〇福原寛氏からの応援メッセージ
福原寛先生には本クラブの第3回目発表会,大きな舞台で演奏をする機会を設けるようになってから毎回助演頂いています。
本番前のリハーサル,子供達にとって自分たちの唄に初めて先生の笛が添えられる時,子供達の演奏モードが大きく変化する時です。一流のプロの演奏は子供達にもよく伝わり,この緊張感ある舞台の空間が子供達の演奏を一気に引き上げ成長につなげていると確信しています。時折,指導にも関わっていただいたり,犬山出身の先生の存在は子供達に大きな影響をもたらして下さっています。
―子供は自由 ―
もう10周年を迎えるのか…と思えるほど最近の私の中での時間の流れはとても早い。 このクラブが10年の節目を迎え、今後も楽しく活動をすることができるのも、なんといっても親御様方のご理解と主催者の努力の賜物ですね。そして何より子供たちが楽しく時間を使い長唄を学べているということでしょう。 お疲れ様です。そしておめでとうございます。そしてありがとうございます。
初めて「犬山こども長唄クラブ」の稽古の様子を見せていただいた時、分かり難い文語体の歌詞にもかかわらず、子供達が大きな声で歌っている様子に驚きました。そして子供の唄ですが長唄になっていることに。 と、驚いたその刹那、自分の子供のころの思い出が急に湧き上がってきました。 当時の我が家では、父が教員をしながら長唄を近所の師匠のところへ稽古に通っておりました。 小学生だった私と弟も時折その稽古にくっついて行き、真似事の稽古をさせていただいていたのです。 どのような約束で師匠が子供を受け入れていただけていたのかは分かりません。好きな時にだけ稽古に行き、おさらい会(発表会)の折には父と並んで一丁前に歌わせていただいたりしていました。 私も弟もそれこそ長唄の歌詞の意味などよく分かりません。しかし言葉を理解して歌うというよりは、音で真似て歌うような感じで、全く意味の分からない妙な言葉などを勝手に言葉遊びのようにしてゲラゲラうけながら遊んでいたことを思い起こしました。
そうなのです。 子供には意味など関係ないのです。日本語が調子よく三味線にのって歌われていたり、また面白い音の言葉が強調されるように語られていたりするだけで十分なのです。 声を出すことに躊躇がない小さな子供にとってそれだけで楽しい遊びとなるのだと改めて思ったのでした。 もう一つ、団体稽古ということも良いですね。一人ではなんとなく恥ずかしさが沸き起こる子供心も、友達と一緒なら競って大きな声を出せます。 調子が出すぎると収拾がつかなくなるかもしれませんが、それも子供の良さの一つかと。 言語によって育てられる感性はその人の人生をとても豊かにします。そんな大切な場の一つがこのクラブですね。 この先もこのクラブ活動が長く続きますことを望んでおります。
福原 寛
〇嶋田由美氏からの応援メッセージ
長年日本の音楽教育について研究なされてきた嶋田先生(主な著書「唱歌教育の展開に関する実証的研究」2018,学文社)からもメッセージを頂いております。「日本音楽教育学会」常任理事というお立場から相当しますように,日本の音楽教育の現状を見据えた上でのクラブ創設の意義についての深い理解を賜り,またその中で指導観察の必要性を唱えられ,研究方法については多くの指導を賜って参りました。音楽教育としての本クラブ活動の在り方を教示下さり導いてくださってきた方です。
犬山こども長唄クラブが10周年をお迎えになられたと伺って、代表の山田佳穂さんからこの設立に向けた意気込みを伺った頃からすでにそのような年月が経ってしまったのかと思うと同時に、昨今のこどもを取り巻くお稽古事の環境の中で、ここまでクラブを維持、発展させていらしたことにただただ感服しております。 クラブのHPに載せられているクラブのあゆみや「親御さんからの声」を拝見させていただき、おそらくこのような形のこどものクラブは日本でも唯一、犬山にしかないだろうという思いが強くなります。何より、こどもだからと妥協したり、この程度で良いだろうと制限をかけたりせずに本物の音楽を体感させようとしていること、そのためにプロの演奏家の方々のお力をお願いしていること、これが犬山こども長唄クラブの真髄であると共に、他の追随を許さない点だと思います。おそらくクラブの皆さんは、それほどの意義があるクラブとは思いもせず、お友達と楽しく通っていらっしゃるのでしょうが、そこにこそ音楽を自然体で学ぶ本来の姿があるようにも思います。こどもはそれで良いでしょう。ただいつか大人になって振り返った時に、すごい体験をしていたのだ、他の人から見たら実に羨ましい場に居合わせたのだと分かり、そして願わくば次の世代にもここの良さを伝えていきたいと考えてくれれば、それこそがクラブを運営されてきた方々にとってこの上ない喜びになるのではと勝手に想像をしています。
ところで音楽教育学を専門にしている私の立場からもう少しだけ書かせて頂きたいのは、このクラブの現在は決して10年前に始まったものではないということです。それは40年以上も前、山田隆先生が犬山東小学校ご勤務時代に日本の誰よりも先駆けて、まさに何十年も後の音楽教育を見据えて始められた日本音楽の指導にその基盤があるのです(日本音楽の定義は難しいところですがここでは当時、山田隆先生が原稿に使われていたまま日本音楽と記します)。その当時の山田先生ご自身が長唄をお稽古されていたことについては「10周年に寄せて」の中で福原寛先生も触れられていますね。先生は1980年代後半に『教育音楽(小学版)』という雑誌に、「呼吸が合うよ!日本の音」というタイトルで先生のお考えや犬山東小学校での実践を連載されていましたが、今こうしてクラブの活躍を見ると山田先生のお考えが揺るぎなく伝えられてクラブの今日を形作っているという思いを強くします。私自身もその当時、犬山東小学校に伺い先生の日本音楽の御指導を拝見する機会があったのですが、あの時のこどもたちの日本の音に向かうまなざしと、クラブのHPで見るこどもたちの真剣なまなざしは正に同じものだと思えます。
次の10年に向けてクラブがどのように発展していくのか本当に楽しみです。今後の一層のご発展を心より願っております。
学習院大学文学部教育学科 教授 嶋田由美
〇市橋雄二氏からの応援メッセージ
本サイト訪問頂いた方から幸運にもメッセージを賜りました。かつて世界の146か国,計1056曲に及ぶ民族音楽の映像を選集した「音と映像による世界民族音楽大系」の旧および新シリーズ。特に新シリーズは企画段階からスミソニアン研究所(ワシントン)の協力を得,また内容と構成等評価も高く,世界中の主要文化研究機関から注目を浴びた作品です。その制作プロデュースされた市橋氏は言語学にも造詣が深く,そういった兼ね合いから本クラブの活動テーマにある言葉と音楽の関係ひいては活動全体へ関心を寄せて下さいました。「諸民族の音楽の1つとしての長唄」という視点,大変興味深いです。
ローカルを極めてグローバルへ
世界の諸民族の音楽を記録する仕事に長年携わり、各地でアイデンティティーの発露であるかのような身体の内側からあふれ出るエネルギーに満ちた音楽に接してきた。翻って日本の状況はどうだろうか。明治以来の西洋音楽中心の学校教育や弱体化する地縁共同体の中で日本人あるいは地域の音楽を身体化することは沖縄など一部の地域を除いて極めて難しいと言わざるを得ない。もちろん卓越した才能はいつの時代でも見出されて世に認められていくものだが、そうではない普通の子どもたちが音楽の喜びを感じ人生を豊かなものにしていくにはどうしたらよいのだろうか。
愛知県犬山市に日本語のリズムを生かして子どものための長唄指導をおこなっているクラブがあると聞いて、代表の山田佳穂さんにお話を伺った。「たとえば、「パイナップル」という語。英語では(パイ)(ナポー)と2音節ですが、日本語では(パ)(イ)(ナ)(ッ)(プ)(ル)と6個の音で発音しますね。この感覚が長唄の歌唱に必要なもので、日本語を母語とする子どもならすぐに入って行けるんですよ。」すでに体内にある感覚、感性を呼び覚まし、日本の伝統を入口にして歌とリズムを身につけ、音楽の楽しさを子どもたちに味わってもらうのだという。「それから、日本語であれば強弱、呼吸や間といった言語の分節性に頼らない表現も自然に覚えることができるんです。」山田さんのお話を伺いながら長唄の指導がいかに日本の子どもたちにとって自然で音楽を身体化していく上で大切なことであるかがわかった。
インドのラージャスターン州ジャイサルメールを訪ねたときのこと。マンガニヤールと呼ばれるかつて宮廷に仕えた音楽職能集団の一族に出会った。今では世界から来る観光客を相手に演奏することが多いが、場面は変わっても彼らの演奏は今も熱気を帯びている。ある日の夕暮れ時、丘の上の広場で10歳くらいの少年が年端もいかない子どもたちを集めてドーラクと呼ばれる両面太鼓を教えていた。文化の伝承などと大上段に構えることなく、ローカルに徹した日常の中で伝承されていく音楽。実はこのマンガニヤールの人々はそのエンタテインメント性豊かなパフォーマンスが認められて欧米や日本から招かれ公演を行なっている。そこに見たのはローカルを突き詰めていくと自ずとグローバルになるというお手本だった。
犬山こども長唄クラブでは子どもに対して最初からプロによる本物を教えるという。豊かな音楽的感性と確かな技芸、そして日本人としてのアイデンティティーを身につけた子どもたちがいずれグローバルに羽ばたいていく姿を想像しつつ、心からのエールを送りたい。
市橋雄二「音と映像による世界民族音楽大系」プロデューサー
新しいロゴで新しいスタートを
日本のこどもたちには日本語の音から音楽を始めてもらいたい・・・
そんな想いから2011年にスタートした犬山こども長唄クラブは,皆さまのおかげで今年で10周年を迎えることができました。
ー言葉の音を楽しむ長唄を通して,日本文化を味わう根っこを育て,大きな木のようにのびのびと成長するための豊かな感性を育むー
私たちが立ち上げ当初から大切にしている,こどもたちへの想いを,木と三味線のバチを模した新しいロゴに込めました。