唄と舞と
人は音とともに動き、動きの中で音を感じてきました。
世界の多くの文化において、音楽と踊りはもともとひとつのものとして生まれ、関係を保ちながら洗練されてきました。
たとえ現在、分離して高度に発展した西洋のクラシックバレエであっても、その起源には宮廷舞踊があり、音楽と踊りは切り離すことのできない関係にありました。
では、日本ではどうであったのでしょうか。
明治期以降、西洋の影響を受ける中で、音楽と踊りの分離は次第に顕著になります。
歌舞伎 から独立した 長唄 の楽曲が、「音楽」として親しまれるようになったのもその一つです。
しかし一方で日本には、それ以前から、箏や尺八のように、踊りから離れて音楽そのものを味わう文化も存在していました。
つまり日本は、音楽と踊りの「分離」と「一体」の両方を内包してきた文化だと言えます。
では、その両立を可能にしてきたものは何か。
多くの研究者が指摘するのが「間(ま)」という感覚です。
建築、書、茶道、生け花、俳句、そして音楽。
時間や空間を扱うあらゆる営みにおいて、日本文化は「間」を表現してきました。
音を奏でるときも、舞を舞うときも、人はその「間」を感じている。
だからこそ、音楽と踊りが分かれても、その関係が完全に失われることはなかったのです。踊りを舞っていても、音楽を奏でていても、受け手はそこに「間」という共通の感覚を見出すことができます。
日本語を話すこどもたちが、長唄を唄うことにどこか自然さを感じるのも、言葉の中にある「間」を共有しているからかもしれません。
では、その「間」をすでに身体で感じている子どもたちが、日本舞踊に出会ったとき。
正座をして長唄を唄うことに心地よさを見出している長唄クラブの子どもたちにとって、舞うことは決して遠いものではないはずです。
音と身体が、ひとつになる瞬間を。
初めての試みとなる、春の体験イベントが始まります。

